喜劇の悲劇~ベニスの商人、"悪役"は誰?

こんばんは、再びmaikoです(*^^)v
寒くなってきましたね。英国の友人いわく、ヨーロッパではもうコートが手放せないそうです。

そういえばkumikoさんが私を訪ねに英国まで来たのは、昨年のちょうどこの時期だったような気が…。
一緒にイタリア旅行しました。いやあ、いい旅でした。

なんといっても良かったのは…

水の都、VENICE!!!!



…あれ?

なんか、大変なことになってますね。

ちょうどこのとき、大雨が降って、なんせ水の都ですから、
大洪水に遭ったのです。(またしても残念感)

いや、でも美しいですね。特に夜景は素晴らしいです。

そんなベニスと言えば、英文科専攻の私が思い出すのはやっぱり、
"ベニスの商人"ですね。
名前は聞いたことがある方も多いはず。

以下、wikkipediaより引用

ヴェニスの商人』(ヴェニスのしょうにん、The Merchant of Venice)は、ウィリアム・シェイクスピア喜劇戯曲である。1594年から1597年の間に書かれたとされている。『ベニスの商人』とも記される。タイトルの『ヴェニスの商人』とは有名なユダヤ人の金貸しシャイロックを指すのではなく、商人アントーニオ英語版のことである。

中世イタリアヴェネツィア共和国と架空の都市ベルモントを舞台に繰り広げられる商取引と恋の喜劇で、ユダヤ人の金貸しシャイロック英語版が金を貸す際に取った、人命にかかわる内容の証文が現実になったことによって起こる裁判と、ベルモントの美しい貴婦人を射止めんとする若者の話を基軸とする。




…ふむ。

つまり、あれです。簡単にまとめますとこの話、

アントーニオという商人がいるんですが、この人が友人のためにお金が必要になるんです。
そこで、悪名高いユダヤ人の金貸しシャイロックにお金を借ります。

ですが、日ごろからアントーニオに恨みを抱いていたシャイロック、「期限までに返せなかったらお前の肉をいただくぜ」という条件をつけます。 アントーニオは了承しちゃいますが、ハプニングが起きてまさかのお金が返せないという事態に。

大ピンチなアントーニオですが、彼の強運なところは
奥さんが賢かったこと。
法律に長けていた奥さん、なんと弁護士に変装して裁判に登場。
(アントーニオ、気付いちゃいません。まぁ現実には有り得なさそうですね。)

そこで奥さんは、

「契約は契約。シャイロック、あなたはアントーニオの肉を取ってもいい。
しかし、契約書にない"血"は一滴も取ってはなりません。もし彼の血を一滴でも流せば、あなたは契約違反になるのです」


…と、なんとまぁ無茶苦茶な屁理k…いえ見事な「トンチ」によって、アントーニオの窮地を救うわけです。

裁判に負けたシャイロックは全財産を失います。
アントーニオは自分を救った賢い女性が自分の奥さんだとわかり、大円満のハッピーエンド。

こうして「喜劇」は幕を閉じます。





…ですがこれ、本当に喜劇でしょうか?
皆さんはどう思いますか?

アントーニオにとっての喜劇。 裏を返せばそれは、シャイロックにとっての悲劇になるわけです。

シャイロックに注目してみましょう。
この劇には何度も「金」という単語が出てきます。
金にはふたつの読み方があります。

英語でいうと、まずはmoneyですね。
もうひとつ、auraという単語が「金」として使われています。
これはどちらかといえば、カネよりもキンに近い。

シャイロックが何度も似たようなことを言います。

Keep your money in your purse.
(金はしっかりしまっておけよ)

My aura! My money in my purse!
(私の金が! 袋にしまってあったのに!)


purseは財布や小さな鞄のことですが、この時代で言うとおそらく巾着袋のようなものでしょう。

「金色の硬貨がたっぷり詰まった袋」。

想像してくださいね。

ここで話は少し、飛びます。笑

作家、シェイクスピアをはじめ、イギリスはキリスト教徒が多いですね。

聖母マリアは処女とされています。にもかかわらず、イエス・キリストを授かりました。

彼女がキリストを授かったのは、aura(金)を通してである。とされています。

何も、お金を貰って授かったのではありませんw
なんでも、「金色の粒」が彼女の耳に注がれ、それによって妊娠したというのです。

もっとわかりやすく言いましょう。 金色の粒によって妊娠した。 つまり金色の粒というのは、「子種」ですね。男性が生み出すものです。


したがって、auraは金色の粒…お金の他に、子種という意味を孕んでいるのです。
moneyも同じです。


お金がないと、生活は繁栄していきませんよね?
それと同じく、子種がないと子孫は繁栄しません。

ついでにはっきり言いましょう。

先ほどpurseは巾着袋と言いましたが、
ここでは子種が詰まった袋、男性の生殖器を意味します。

その上で、もう一度この台詞を見てください。

My aura! My money in my purse!


お金を奪われたシャイロックが、叫ぶ言葉。

先ほどとは違った意味に見えるのではないでしょうか。

こういうふうに、何を知っているかによって、劇の見方はガラリと変わってきます。

もちろん劇ではお金を奪われているのであって、子種について触れてはいません。
しかし当時のお客さんは全員、moneyやauraが孕むもうひとつの意味を知っていました。

だから、笑いが溢れます。

なんの笑いでしょうか。
下ネタに対する笑い。そんな可愛いものではありません。

よく考えてください。
お金を奪われたシャイロック。
子種を奪われたシャイロック。

もう繁栄することはありませんよね。
シャイロック家は間違いなく途絶えることでしょう。
ですが、シャイロックだけの問題ではありません。

シャイロックはこの劇に、「悪徳ユダヤ人」として登場します。ユダヤ人の象徴です。
金にうるさく、意地汚い、ユダヤ人として登場させられるわけです。

そのシャイロックの家系が途絶える。
それは、「ユダヤ人の絶滅」をも意味します。

つまり観客の笑いは、「悪いユダヤ人が成敗されて絶滅していく」ことへの喜び。それが喜劇だったわけです。

シェイクスピアや、その観客が悪いというのではありません。
当時がそういう文化だった。当たり前に根付いていた文化だったのです。

ですが今や人々はもっと賢くなり、いろんな歴史を知り、
ユダヤ人迫害の悲しい過去を知りました。

そうすると、一概に「喜劇」と言えなくなりました。

この劇に涙を流す人もいるそうです。


正しさとは何か。その時代にとっての「正義」は何だったのか。
偉大な文学はそんなことさえ、はっきりと教えてくれるのです。

アントーニオに復讐を決めた際のシャイロックの台詞。 これで今日のブログを締め括りたいと思います。





奴は俺を馬鹿にした
ことごとく俺の邪魔をして 俺の損をあざ笑い 俺の稼ぎを罵った
俺たちユダヤ人を侮辱し 取引の妨害をし
俺の味方をしり込みさせ 敵を煽った
何のためだ 俺がユダヤ人だからだ
ユダヤ人には目がついてないとでもいうのか
ユダヤ人には手がないとでもいうのか
ユダヤ人にはハラワタが 手足が 感覚が 感情が 情熱がないとでもいうのか
キリスト教徒と同じものを食い 同じ武器で傷つき
冬には同じように寒がり 夏には同じように暑がるんじゃないのか
ユダヤ人を刺しても血が流れぬとでもいうのか
ユダヤ人をくすぐっても笑わないとでもいうのか
ユダヤ人に毒を盛っても死なないというのか
ユダヤ人なら迫害しても復讐できないというのか
ユダヤ人だってキリスト教徒と同じ人間だ



ユダヤ人に「シャイロック」という名前を与え、善悪を双方の立場から描き切った。

シェイクスピアの真の偉大さはそこにあるのではないか。私にはそう思えてなりません。





No comments:

Powered by Blogger.